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3・11のもたらしたもの
 
まさかこんなことになるなんて。
3月11日、サポートセンターにいた。

辞めてしまうスタッフから引き継ぎをしようと、
席についた時だった。

グラグラっときた。
思わずつぶやいたのは「いやな感じがする…」

今までなかったような揺れだったから
机の下に!!と声がかかり、
何度も何度も揺れるのをおさまるまで待ったら10分くらいかかったと思う。

30分後くらいだったか、
センターの大きな画面のテレビには
そのあと驚くべき映像が映しだされた。

海岸沿いの街が写った。
遠くからやってくる波が、まちを、車を、人を、
飲み込んでいく映像だった。
海岸沿いの道を走る車の列に
濁った水がまるでおもちゃのように見える車の行列に襲いかかって
流していく。
事態のわからない車の運転手は
波の来る方向に向かって疑いもなく走っていくのが見える。
「そっち行っちゃダメ!」

今から思えばあの車の人たち、あの映像に映っていた地域の人たち、
そのあとどんな状況になったのだろう。

それはその後の報道を見れば想像はつく。
「なんてことになったんだろう」

そうしてその影響はここ松戸にもすぐにやってきて
生活に影響を及ぼし始め
高みの見物のように見ていたニュースが
ようやくこの日本の中でまぎれもなく
時代のターニングポイントであったことがわかってくる。

ものごとに原因のないものはない。

だとしたらこれは警告か?
積み上げてきたものが崩れたんだろうか。

私たち自身の中にどこか人にしんどい事を押しつけたり、
甘えばかりがあったり、
生活するものの一人としての負うべき責を
本気で担う気が無かったり…
「らくなもんだな」という、人生や生活に対する
甘い考えが無かったか。

そんな反省ばかりが湧いてくる。

震災以降というもの
「見直せよ」
「真摯な気持ちで生きているか」
「甘えるな」
そういう声がどこからか聞こえてくるような
そんな気がしてならない。
author:こらぼ事務局, category:-, 12:26
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長らくご無沙汰の言いわけ
 本当に長いご無沙汰をしてしまいました。

サロンも11月にやっとの思いで開いたものの、それからでも
もう1ヶ月以上のご無沙汰。
会員の皆様にも失礼なことをしました。

いいわけを一言でするなら
「仕事」です。
「松戸アートラインプロジェクト2010」というものに関わってきました。

まちの空きビルや店舗を借りて
若いアーティストの作品を展示し、
多くの人にまちに関わってもる事で活性化を
試みようというものです。

まちの活性化と若いアーティストの支援の側面があって
日本のあちこちで何年も前から試み的におこなわれてきました。

今回縁があって松戸でもおこなわれることになり、
面白そうね、高みの見物、と決め込んでいたら
何のことはない、
私もひどい事に渦中に投げ込まれました。
松戸市と私の所属するNPOの協働でおこなわれたものです。
http://malp2010.com/

これについては落ち着いたらおいおい書きます。

11月20日オープニングセレモニーの日に(おそらくは)
この事業に関連するイベントを一緒にやってきた60代の男性が
自宅で一人で亡くなってしまいました。
発見されたのは3日後です。

そんなそんな、と思いながら始まりました。
振り返ったり偲ぶ余裕もないくらいの
この1ヶ月でした。

キャパシティを超えるくらいのたくさんの人とのかかわりのあったひと月でした。
この事業についてはいろんな声があります。
でもあえて言うなら、
こういう挑戦する新しい事業はやらないよりはやった方がいい、と思います。
この機会を通して
まちについて、人生について、人の想いや適応性のようなもの
それぞれの役割、などについて考えさせられました。
私は残りの人生、どういう生き方をしたらいいんだろう、
そんなことまで幅広く想いを馳せました。

とりあえず新年になったらサロンの意味や方向を改めて考えて
決意表明をさせていただきます。

先日12月27日にサロンを行いました。
久しぶりに開催したにもかかわらず
10人もの人がいらしてくださいました。

その中でプランも生まれました。
それについても書いていきます。

今考えているテーマは
「自分と社会との関わりを探そう」です。

さて、今年一年大変お世話になりました。
来年もたくさんの人にたくさんの希望が生まれる年になりますように。

桑田雅子
author:こらぼ事務局, category:-, 11:21
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サロンのつながりと明日のサロン
 

コラボサロン始めてからもう1年以上がたちました。
いろいろ試行錯誤して
やってみて

でもまだこれから展開しなきゃならないと思うし
とりあえずもう1年助成金をもらおうと
また申請しました。

いろいろとご意見を頂きたいのですが、
それにしてもサロンの目的を
「結びつける」とか「マッチングさせる」
とかややこしい言い方でなくて、

「何かやりたいことある人企画持ってきて」
「何がしたいか聞かせて」
最近そんないいかたしようかなと思っています。

そこにいるメンバーでなんとかしよう、
発展させよう、
そんな気持ちになれば動きだすのではとおもったりしています。

一昨日10
17日(日)松戸子どもの文化連絡会主催

イベントに行ってきました。
(イベントのタイトルを失念しました。確か「何とかの集い」ごめんなさい
ほとんど健忘症)

…うれしかったです。
コラボサロンから生まれてこの夏に新松戸で開催した
「ファミリーサロン」で戦争体験を話してくださった
周藤さん(81歳のお一人暮らしの女性)…
そこで出会いがあって、頼まれて
ここでもまた戦争体験を話してらっしゃいました。
親子連れが20人ほど。
シーンとして聴いていました。
終わってご挨拶に行ったら
駆け寄ってきてくださいました。

私が嬉しいのは、生まれて初めて人に戦争体験を伝える機会を
あのファミリーサロンで持ってくださったこと。
なんどもなんども「こんな機会を与えてくださって」と
涙ぐまんばかりにおっしゃいますが、
こちらこそそんな周藤さんにとって大切なきっかけを作ることができて
本当にうれしかった。
それこそコラボサロンをはじめて、1番の収穫です。
さらに12月にオファーがあるみたい。
どうぞどんどん一人でも多くの人に伝えてください。

さて、サボっていましたがなんと明日!!
20日(水)の18時半〜21時 女性センター研修室で久々の
サロンです。
どうぞいらしてください。
久しぶりに珈琲をいれて飲もうかと思います…
助成金のはなし、関係ない話…何でもありです。
お待ちしています。

まさこ

author:こらぼ事務局, category:-, 09:04
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いまさらながら「女性が働きながら子どもを育てる」ということ
 
またまた長いことブログお休みしてしまいました

長くお休みすると雑草のように「迷惑コメント」が入っていて、
思わず「バカ野郎」とつぶやいたりするのですが。

対策としては色々あるらしいけど、
なんとなく読んでくれる人がいるのならと思うと、
敷居を高くする気になれずに
そのままにしています。

したしい友人と話をしていました。

私も友人も子どもがいるのだけど、
子どもを育てることの重要さをわかっていない人が多い、という
話になりました。
(多いのでなくて、わかっていない人の話だったかな?)

社会的に活躍する女性が増えています、
それもそのはず、こどもに高等教育あるいは良い教育を受けさせようと思うと
働かざるを得ないのです。
(教育費の高さはひどいものです)

今、社会では
女性の能力を社会に還元すべきだ、正当に評価すべきだ、
その一方で結婚や出産の高齢化、
ひいては少子化が問題になっています。

古い映画を見ていたら「女性も人間だから」というセリフが出てきて
仰天しました。
「ああ、いろいろ変ったんだな」
実感したりしています。

でもとてもジレンマを感じます。

どんどん世代が交代して引き継いで
自分はその中の移り変わる歴史の一こまにすぎない、
だから伝えていくという与えられた役割を果たさなくてはならない、
という時代から

「我も」「我も」「俺が」「私が」
と個性や「個」を尊重する時代になって
モノの考えや社会全体が進歩し洗練されてきた、という気が
することもあるけど

その一方で全体としては人は生態系的に
(生態系というものがよくわかっていないので
使うべきではないのかもしれないけど)
衰退の一途をたどっている
そんな気がすることがよくあります。

これはすべてものごとは一長一短なのか、
人類は進化すると退化する、ということなのか、どちらでしょうか。

環境の方面からも明らかに男性の中性化(女性化)が
立証されているらしいし
生殖能力も落ちてきているという話も聞いたし。
生物学的には退化、ということになるのかなと思います。

「進歩」の対価としての衰退なのでしょうか。

動物も人間も
生まれて育つのには健全に育つ最低条件と言うのがあって
幼い時に生れ出た周りの環境に
安心感をいだくのかそれとも自分が「歓迎されざる客」だと思うのか
愛情が人の間にあるのが自然と思うか
人は欺瞞と見せかけの中で生きているのが社会だと思うのか
体感できるもので
「はじめの一歩」が大きく変わるのだと思います。

みんな自分を考えてみればわかることだと思うのですが。

子どもを育てる環境を良くすることは
人類の未来への投資だと思います。
快適にしろということではなくて
人の基本は人の温かさに触れることで人間の中の「善い」ものが
育つと思っています。

キャリアを積んで働きながら子育てした人の女性の大半が、
子育てを終えて振り返って
「もっと子どもといてあげればよかった」と言うらしい…。

でもだからと言って
子育ての間、我慢しろ、女性に犠牲になれというのか、
という意見は私も賛成なのです。
(実際海外で3人の子育ては
人として精神的にギリギリの生活だったし)

女性にも「能力を使って生きがいを感じたい」
「社会で役割を話したい」
「人に認められたい」
「子ども育てる機械じゃないのよ」

そうも言いたい気持ちはあるのです

私自身、
言いたくて気が狂いそうになって誰もわかってくれなかったから
やっぱり言いたいと思います。

でもそれでも、
人が育つ基本は
愛情を注いでそばにいてくれる人が
いることだとやっぱりおもいます。
(それが母親だとは限らないけど)
それが欠けていると
そのために長い事育てられた本人が苦しんだり
社会に弊害を及ぼしたりする。
結果社会が荒れたりする元を作っている。

その重大性にみんな気が付いているのかなぁ。

おまけに「売らんかな」主義に毒されて
人として育ちにくい環境を社会は用意してくれているし。

「子育て支援」って子どもを預けれられるところ増やすだけでは
いけない気がするんだけど。

人を育てることの大切さをみんなが考え、理解してくれる
そんな社会にならないものかな、と
子どもを育てるお母さん方を支援したい私としては思うのであります。

author:こらぼ事務局, category:-, 12:36
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ファミリーサロンに関する一考察 その5
 「ファミリーサロン」のふりかえりもろもろ…

もともとなんでこんなことをやってみたかったのかと言うと
とあるサポートセンターで
ずっとイベントを担当してきた。

市民活動を市民に広く知ってもらうため、という
企画書を何度書き、
人にも説明したことだろう。

中間支援組織、という言葉があって、
市民や民間の団体などと行政とのあいだで
つなぎ目の役割を果たす、と言うような役割を持つ。

サポートセンターという立場を知ってもらい、場所を周知してもらって
その役割に理解求める…
現実には常にあちらの立場とこちらの立場を考えながら調整して
いかなくてはならないから
何度も苦しい思いをした。

イベントのあちらとそちらでは考えていることが違うのだ。
しかも行政の委託仕事だから
枠は決まっている。
それは超えられない。
だから常に意識が行政側、することは民間のNPOに寄り添った支援、
その矛盾が付きまとう。

PTAの読み聞かせ関係で
ずっと知り合いの
元おはなしキャラバンの
滝川さん。
読み聞かせコーナーを快く
手伝ってくださった。

私は生活する人の側に立っているのが私自身は自然なこと。

その立場で立場を同じくする人たちとその中から出てきたものとして
活動をしたかった。
メシノタネ、ではなくて。

思わぬ副産物としては、
この春美大を卒業した娘が(結婚披露宴のバイトをしている)
「お絵かきコーナーやってみようか?」って自分から
名乗りを上げてくれたこと。
それを話したら
知り合いの娘さんで美大の付属校に行っている娘さんが
「それなら手伝う」って言ってくれたこと。

娘はあれ以来不思と家の手伝いをしてくれるようになった。
これは摩訶不思議。
母の一面を見て見方が変わったのか…??

右が娘。
幼稚園くらいの娘と来たお母さんに
「美大に入るには」と
訊かれて困ったらしい

突然ですが、告知です。
9月3日(金)の午後6時半〜
ゆうまつど女性センター研修室で
サロンをおこないます。

初めての方も、気が向いた方はどなたでもいらしてください。
ファミリーサロンの感想でもいいし、
お茶飲みながらお話しましょう。

お待ちしてます。
author:こらぼ事務局, category:-, 11:55
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ファミリーサロンに関しての一考察(その4)
 
シニアと言われる世代の人にいかに地域に関わってもらうか
ということについて…

またまたありきたりなカタイ事を、と言われそうだけど
これは外せないので書いておきたい。


シニア、特に定年を過ぎた男性を地域にいかに関わってもらうか
ということが話題になることが多い。

会社人間で会社の中での評価に満足してきた人、
とても不満なまま会社を退いてきた人
上下関係にあまり関係のない形で仕事をしてきた人。

仕事を離れてアイデンティティを保つのってたいへんだと思う。
だってそれまで仕事を一生懸命していれば
誰からも後ろ指さされたりすることもなく
社会的に、男性としてもそれなりに尊敬されたりして来られたのだもの。

私は三人子どもがいて、かなり子どもの心配をさせられてきたほうだけど
体がしんどくても仕事をしているほうが
精神的に楽だなと思ったことがずいぶんあった。












ある意味仕事に打ち込んでいるときは人生の心配ごとや
深刻さから逃げているのではと思う時がある。

女性が子どもを産んだり、子どもの心配をしたり
家族と葛藤をしているとき
そいういうことの苦手な(みんながみんなではないけど)
男性は「仕事」のなかに逃げてしまうことがある。

働くことでそいういう家族の心配や人間関係の葛藤を
女性ほどしないできた男性には
会社という逃げ場を失って帰ってきた途端、
避けてきた鬱陶しさが押し寄せてくる。

でも家族が生活するために働いてきたというもの事実だし
仕事のプレッシャーというのも家にいたらわからないほど
押しつぶされそうなものであることも事実…。
男性は大変だなとほんとに思うことが、やっぱりある。

うちに戻ってきてからの生活になじめないのは当然で
誇りもアイデンティティも社会的な立場も、評価の基盤だったところが
ある日突然失われるんだから
それは大変なことだと思う。



「私は五目並べくらいしかできない」とおっしゃたMさん。

「五目並べ」コーナーとして出展をお願いした。


「おかえりなさい」と言って定年過ぎたシニアを迎えて
地域に溶け込ませようと
ボランティアなどを始めるきっかけを作ろうとしている行政の
企画も一時はやっていた。(今もあるが)

どこかに「気の毒なシニア」という気持ちを抱いているという
ことはないだろうか。

「イキイキと地域で活躍しよう」なんてどこか嘘くさい感じはしないか?

私も色々なものを読んだり、
市民活動サポートセンターに来るシニアの男性を見ていて、
そんな状況の人の気持ちや状況を理解しているのか
そもそも理解できるのか、考えてきた。

評価されることに必死になってきた人には
評価から離れた何かを感じてもらうことが必要だ。
その存在を人として「喜んで」もらう体験が必要だと
今の私は思っている。

会社時代同様に威張れる場所を探してきて、
失敗している人の例も見た。
でもその人は、なぜ人が自分を避けているのか、
わからないし、その理由を認めようとしない。

ある基準で評価される「お山」にいて
一人人間として一人の人間としての
謙虚さを保つということはどれだけ大変だろう。

一人の人間としてその存在を最後には人に喜ばれるようになるのが
人として幸せなことだと最近は思っている。

だから、よろこばれる体験をしてほしい。
「必要だ」と思ってもらえる体験をしてほしい。

今回のイベントはシニアの人のブースを出すのが
(最大と言ってもいいかもしれない)私の目的だった。
それも対象を子どもにして、何か楽しいことをして
喜んでもらう体験をしてほしかった。

ある意味でそれは失敗した。
ある意味で成功と言えるものもあった。

次回があるなら
さりげなくシニアの人が団体で固まらずに「個人」として
自分のブースを出してもらうイベントに、さらにしたい。

きっと何かが生まれる、と思っている。

人と人が出会ってスパークする、私はイベントにそういうものを
求めたい。
「イベント屋」と呼ばれてもかまわないから…。
author:こらぼ事務局, category:-, 22:49
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ファミリーサロンを通しての一考察 その3
 

今日は、言い出しっぺのつらさと勇気について
(少ししつこい一考察)

イベントに限らず、
先陣を切って何かをする、というのは勇気がいる。
みんなそうすべきだというわけではない。、
というのは人にはそれぞれ役割だとか持って生まれた気質とか
があるから。

それにみんなが開拓者になったら世の中は
「我こそは」だらけの世界になってしまう。

ただ
自己顕示欲を満たすことと
何かを始める、ということは全く違う次元の話だと思う。

小さい事でも
新しい事を始めるときには必ずリスクが伴う。
失敗するかもしれない、
笑う人もいるかもしれない。
協力してくれる人が出てくるだろうか。



そしてそれは何のためだろうか、ということを
常に自分の中で問い返しながら進んでいかなくてはならない。

公共性をうたいながら、実は自分のため、でしかなければ
それはただの自己顕示欲を満たすためのものだと
私は思っている。

そして人は敏感なものだと最近感じるのだけれど、
人はそれを察知してしまう。
みんな口には出さないけど意外と考えていることって
人にわかられてしまうもの。

あ、話がそれつつある。

今回イベントの出展を募るときに、いろんな反応があった。
あっさり「いいですよ」
と応えてくれるのは、PRしたい何かがあって、
機会あれば活動を知ってもらいたい、賛同者や会員を募りたい
というものがある人。

中にはつてをたどって「是非出させてください」という人もいた。
これはイベントを自分のしていることの発表の場と、
とらえている人たち。

子どものことに関心を持っている人たちは
都合が会えば快く受けてくださる。

ちょっとムッときたのは
「集客はどれくらいですか?
それによって決めます」というやつ。

こちらには何の保証もバックアップもない、
あるのは経験と人のつながりだけ。

この活動自体はサロンとして市から少しいただいているけど
このイベントはなんせ3カ月前に
降ってわいたイベント。
だからアリバイのために「サロン」という名前をつけなちゃ、と
「ファミリーサロン」という名前を付けたけど。

とにかくスポンサーと言えるものはほぼ何もなし、
今回は頼みにする人だって「乗れないな」の一言で
乗ってはくれないし。
やらなきゃならない必然性もない。
仕事なら「仕事だから」の一言で説明はつくけど
これははっきり「道楽」。

どこにも言い訳できない。

なのにスタートで、
「集客はどれくらいですか?それによって…」
と言われてカッとなった。

「これは私の道楽です。
集客は全くわかりません。見込みは立たないし、お約束もできません」

そうしたらさすがに何かを察知したのか
「わかりました。あなたならきっと人は集まるでしょう。
会のほうに出展するようにということで話はしておきます」
という返事が来た。

ある意味では嬉しかったし
ある意味では孤独だなと思ったし
みんな自分の都合で関わってくるんだなという
当たり前のことを感じた。

良かったのか悪かったのかわからない
ただこのイベントを口の悪い人は
「KUWATA見本市」と呼んでいるらしい。
(見本市とは、とあるところの市民活動の
年1回の大きなイベントを指している)
ある意味皮肉だろうけど
私を良くわかっていると、言わざるを得ない。

何の後ろ盾もない、約束もされない、保障もない、
そういう何かの最初の一歩を歩みだすとき
人はなりふり構わなくなる。
その「人」が出る。

そんな気がする。

多分だれにでも人生の中であることかもしれない。
ああ深いな…
(でもなにを書こうとしたのかわからなくなったな)

イベントについてはまた明日…
author:こらぼ事務局, category:-, 08:37
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「なつやすみファミリーサロン」を通しての一考察 その2
 
「ファミリーサロン」

もともと私のやってみたかったのは
普段あんまり人とのつながりを持たない世代
高齢者や退職シニア、そのほか
家にいたら人と話す機会もあまりないような人たちが
外に出て人とのかかわりをもつ

そんなきっかけが作りたい、というのが
私の夢である。

それもできたら特定の人や世代が固まって、ではなく
いろんな世代が自然に混ざり合って、
遊んだりしながら出会って、
コミュニティを作っていく。

そこからみんなが自分に
できる、
人に喜ばれることを
探していく、
そんなことを考えている。

このたびある方から
「育児に疲れたお母
さんたちの癒しとして場を作りたい」と持ちかけられ、、じゃイベントをやってみよう。ということになった。
         
                                                   
                           孫ではありません。ちょっと預かってるの…

ちょうど夏休みでもあるし、
夏休み中に企画しよう、子どもを中心としたいろんな世代の場にしよう
と思いたった。                      

年配の方が参加している集まりに私も顔を出しているところがあり、
そこで構想を話した。
もともとそこの場は「高齢者社会を考える」ということを
話し合うグループでもあり、
そこで私は
「子どもを媒体とした、
年配の方々が家から出るきっかけに、自分の得意なことなどをして
子どもたちと触れ合ってもらいたいのです。
今回はモデルケースとして是非出展をお願いしたいのです」
と話した。        

そうしたら、「おはじき」
「ツイスターゲーム」
「あみもの」などが出てきた。

そのなかに
「戦争体験を一人でもいいから、お話ししてみたいわ」
と81歳になるおばあちゃまがいらした。

そう言えば、終戦記念日から
4日後だし            戦時中の食べ物を作ってきて来場者が試食。
              手前は五目並べで出展してお客さんを待つ男性。
タイムリーでもあることだし。
即座にお願いした。

ただ、どんな形になるか予想がつかないし、
心配だった。
4日ほど前にお会いしたら「これを読もうと思うの」
と見せられた原稿はA3の紙3枚ほどにびっしり書かれたもの。

びっくりした。
これはいけない、
ただ読んで終わったら貴重なものが消えてしまう。
この方にとっては振り絞る思いで書き出したもの。
すぐにそれをお借りして、資料としてPCでまとめた。

こうすれば機会あるごとに配ることができるし

ご本人の記念にもなる。

私はなんてことはなかったけど
ご本人からとても感謝された。
私こそ、こんな出会いがあることこそが、こんなイベントを企画した役得。
お礼を申し上げた。

当日、特筆すべき事が起きた。
Sさんとおっしゃその方は
緊張して出番をブースで待っていられる様子だったけれど
その時中学生の女の子がお母さんと戦争のことを調べに来た。


しばらくブースで
話しているなあと思ってみていたら、
戦争体験の出番の時間になってSさんは原稿を立ったまま
マイク片手にお読みになった。
場が静まり返ってその場の人たちはみんなシーンとして聴いていた。

                        
                    戦争体験を話すSさんと、
                  飛び入りで朗読をした中学生の女の子

終わってから、なんとさっき初めて会ったはずの女の子が
「かわいそうなゾウ」の話の教科書版を朗読し始めた。

飛び入りである。
涙が出そうなくらいうれしかった。
こんなことこそが、私が求めているものだったから。

=続きは明日=
author:こらぼ事務局, category:-, 11:19
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ファミリーサロンを通しての一考察 その1


暑い日がまだまだ続きますね。
いかがお過ごしですか?

ご報告が遅くなってしまいました。
先週木曜日、「なつやすみファミリーサロン」という
イベントを新松戸市民センターのホールで午後3時間ほど、
おこないました。

一体何のために…??
なぜこんなことをするの…??

自分の中でまだ答えが見つからないと言ってもいいかもしれません。

「なぜ?」と言われて答えるならきっと
「人と人の出会う場を作るのが私の仕事なんです」
って答えるのかなあ、と思います。

そして、こんな中で少し楽しい出会いがあったら
みんなも少し、自分も何かをしてみようと考えるでしょ?
そんなふうに連鎖が起きてほしいのです。

自分の生活だけを必死で守って生きていかなきゃいけない
今の日本の中で
いい出会いによって癒されたり人生の幅が広がったり
影響を受けたり。

それが、人やまちを変えるのだと、
そんなふうに本能的に感じています。
ま、思い込みかもしれないけどね。

甘いといわれるかもしれないけど人を信じていいのだと
思える社会になって欲しい。

そのために、温かい人と人の出会いを作りたい。
それを「サロン」という言葉で出会いの場としてあらわしたい。

という理屈を最近頭で考えています。

その理屈の実現のためにせっせと出展してくれる人を誘い、
チラシを2000位ポスティングし、人にも頼み…
(暑いからほんとにまいりました。)

いろんな点から考察してみたいと考えています。


では今日はブースの内容から。
「子どもを遊ばせる場を作る」という子どものコーナー


こんなふうに、子どもたちが自由に楽しく
遊べる場を作る…









というのと


このように(これはアロマテラピー)
お母さんたち、特に育児に疲れたお母さんたちを
癒すべく

趣味やリラックスのための場を用意する。
つまり「おかあさんのコーナー」

これは
「ママエアロビクス」
(どちらも若い美人の
素敵な先生でした!!)

さて、この狙いはどうだったかというと
ポスティングの成果は、見事「赤ちゃんを持つおかあさんたち」を
釣りあげました。

最初は小学生をターゲットに考え、
わざわざ夏休み中のお盆過ぎを設定したのに、
家にポスティングしても、実は小学生たちは、見ないのだということに
後で気づきました。
目に触れるチャンスが無い。
そして、今の子どもは自分たちの予定で忙しい。

まず、開始前のミーティングで、お客が全く見込めないので

不安で不安で仕方がありませんでしたから

言い訳として、
「お客さんがいなかったら、どうぞ何かしら出会いを作って
何か持ち帰ってください。
そのためにこの場があります」

と逃げの言葉を吐いた。
(それくらいこわかった。)

そしたら開始と同時に赤ちゃん連れのお母さんが2人入ってきた。
「あ、もしかしたらこれは…」と思った。

でもやっぱり、やってみないとわからない。
すべては理屈ではなく実行の中から
生身の人間との出会いの中から答えは見つかる。
というのが私の信念。

…続きは明日。












author:こらぼ事務局, category:-, 00:25
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後先考えない無謀な予定
ああ言いたくない言いたくはないけど 


言いたくはないけど
暑い…

化粧ははがれるし体力は消耗するし
思考能力はストップして

ひどいことになる。

今日は「サイゼリヤ」の単語が出てこなかった。
(これは暑さのせいではないかもしれない。)

この暑さの中なんて無謀な計画をたてたのかと思う。

今月19日「なつやすみファミリーサロン」
無謀にも「やる!!」」と決めたのがぎりぎりの時期。
これひとつだけでも結構いっぱいだと思うけど

21日と22日はNPO法人CoCoTのほうでのイベント。
「夏休みものづくり体験講座」というものを担当する。
これは伝統工芸士のかたに来ていただいて
「染小紋」「つまみかんざし」制作体験をしてもらい、、
象牙を掘る所を見学してもらうもの。

親子を対象にしたものなんだけど、
ボランティアは入れるし、モノは用意しなきゃで、けっこう手がかかる。
今日もバス会社にポスター貼らせてくださいとご挨拶。
(暑かった)

愚痴言ってても始まらない。
「ファミリーサロン」の出し物決定と最終チラシを作らなきゃ。
それでポスティングしなきゃなりません。

仕事だったら「仕事です」と言い訳もできるけど
道楽で始めたものはいったい何と言って
誰に言い訳して良いものやら。

ああそれにしても暑い。

アップする画像がないから  伝統工芸の技をアップします。
(暑い。眠い)

あ、親子で(おひとりさまも歓迎)体験したい方は申し込んでくださいね。

047−366−8909 NPO法人CoCoT


    つまみかんざし

 象牙彫

染小紋


author:こらぼ事務局, category:-, 23:47
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